一人の日本人だった選手が国籍を変えサッカーで活躍されています
名前は中村祐人
2018年10月13日に中国の国籍を取得し、香港代表に選ばれたことを自身のフェイスブックで発表しました。
3日後に行われるインドネシアとの親善試合に香港代表として出場することも決定しておりサッカー選手として新たな一歩を踏み出したことになります。
さて中村祐人とは一体どんな人物なのでしょうか??
中村祐人 プロフィール
名前:中村祐人(なかむらゆうと)
相性:ドンレンチャ中村
生年月日:1987年1月23日
出身:千葉県浦安市
ポジション:FW(フォワード)
身長:173cm
体重:73kg
中村祐人のサッカー経歴は?
サッカーを始めたのは5歳の頃で、
小学校時代は柏レイソルジュニアに所属し6年生の時に全国少年サッカー大会でベスト8になります。
その後、浦和ジュニアユースに進み日本クラブユース選手権優勝。
高校は埼玉県にある西武台高校に進学し、浦和ユースでは高校1、2年時に日本クラブユース(U-18)選手権準優勝します。
しかし、レギュラーではなかったため出場の機会はあまり多くはなかったのです・・・。
場数を踏むため中村祐人選手が選んだ道は高校サッカーに移籍することでした
ユースから高校サッカーへ移籍する場合は公式戦に出場できない期間が設けられるため
高校サッカーで公式戦に出場できたのは、
高校3年生になってからのことでした。
しかし、少ないチャンスをものにし主力として第83回全国高等学校サッカー選手権大会出場に大きく貢献した立役者となりました。
残念ながら結果は2回戦負けとなりましたが、悪くない結果です。
高校卒業後は青山学院大学へ進学し、
大学2年生(2006年)の時に関東大学2部リーグで17得点を挙げ得点王とベストイレブンに選ばれるなど活躍していました。
大学卒業後は誰もがJリーグに!・・・と思っていましたが、
なんと香港に拠点を変え香港でサッカーをすることに。
チームは香港1部リーグTSWペガサスでした
デビュー戦で得点を挙げると、1年目は12得点で締めくくっています。
その後は何度かの移籍をし現在は『傑志』という1931年創設の名門チームで活躍をされています。
これまでに経験した所属チームは、
2009年 TSWペガサス
2009-2010年 ポルティモネンセ
2010年 TSWペガサス
2011-2014年 公民
2014-2016年 南華足球隊
2016-2018年 和富大埔(ベストゴール賞)
2018年〜 傑志
ちなみに愛称である『ドンレンチャ中村』の由来は凍檸茶(ドンレンチャ)をよく飲んでいた事から来ているようです。
凍檸茶(ドンレンチャ)とは日本でいうアイスレモンティーのようなもののようです。
父親はあの人だった!
父親はなんと!!
中村修三GMでした。
現在は浦和レッズのゼネラルマネジャー(GM)に就任しています。
4/22(日)、トレーニング終了後、中村修三GMと新たにトップチームを指揮することとなったオズワルド オリヴェイラ監督が出席し、就任記者会見を行った。
■詳しくは→https://t.co/zLE6U5Nigd#urawareds #浦和レッズ pic.twitter.com/t397CtF7Mb— 浦和レッズオフィシャル (@REDSOFFICIAL) 2018年4月22日
浦和レッズファンなら知っているでしょう!
三菱重工サッカー部でMFとして活躍し、青山学院大学監督を経て浦和レッズ強化本部長に就任
日本サッカー協会女子部部長を務めるなどサッカー発展に大きく貢献する人物です!
結婚した嫁が美女だった!子供はいる?
中村祐人さんは現在既婚者です。
奥様が美女だと話題なので調べてみると、
Facebookに写真をアップロードされていました!
二人の出会いは小さなラーメン店から始まったようで、現在は奥様のサポートなしにはサッカーが続けられないほど重要な存在になっているんだそう。
ちなみにお子様はまだいらっしゃらないようです。
今後の活躍に期待しましょう!!