文春砲が世間を騒がせましたね。
元NHKの登坂淳一アナが、
フジテレビの報道番組に決まっていた矢先に女性問題を記事にしました。
週刊文春の報道を受けて報道番組の出演を辞退することとなりましたが、
これまで「麿(まろ)」と呼ばれてNHKで親しまれていたそのキャラを、根底から覆すような残念なものだったのです。
そして4月10日に「婦人公論」で謝罪をし事実であったことが明らかになったのです。
こちらではそんな登坂淳一アナの気になる色々を探ってみます。
登坂淳一 プロフィール
生年月日:1971年6月10日
出身地:東京都
学歴:法政大学第二経済学部卒業
所属事務所:ホリプロ
札幌放送局在籍中の女性問題となったキャスターは誰か?
週刊文春で取り上げられていたセクハラ疑惑を振り返ってみましょう。
2011年6月のころのことなのですが、
この時、登坂淳一アナは北海道の夕方のニュース番組「ネットワークニュース北海道」のメインキャスターを務めていました。
仕事がとっても順調だったときですね。
登坂淳一アナはNHKのあるローカル局を仕事で訪れ、
その後そこのスタッフと食事に行ったそうです。
問題は2次会で個室のカラオケボックスに移動してから起きました。
ここで登坂淳一アナの両脇には、2人の新人契約キャスターが座ります。
席に着いたとたん、1人の女子アナのひざを触り、もう1人のアナの太ももを触りだしたのです。
そして1人の20代の女子アナに「一緒に抜け出さない?」とささやき、
女子アナがトイレに逃げると、
追いかけて無理やりキスを迫り、
胸や下腹部を触りだしました。
これは、立派なセクハラ行為ですね。
この女子アナは弁護士に相談し、さらにローカル局を通じてNHKにも報告。
…これが登坂淳一のセクハラ疑惑なのですが、当時20代だったというセクハラ被害者である女子アナとは、いったい誰なのでしょう?
もうすでに退職してしまったので公表できない、とも言われていますが…。
7年前に20代ということですから、現在は30歳前後でしょうか?
週刊文春の中では"田中和子さん"と記されていますが、もちろんこれは仮名。
参考までに2011年6月に新人女子アナウンサーだった女子アナの名前を挙げてみますね。
・和久田麻由子アナ
・桑子真帆アナ
・雨宮萌果アナ
などなど。
この中にセクハラ被害を受けたアナがいるのかはわかりませんが、
大体このくらいの年だということで。
登坂淳一アナが札幌支局にいた頃は、
かなり勢いがあったのでつい調子に乗ってしまったのでしょうか。
いずれにしても、これからの登坂淳一の活動に影を落としてしまったことは否めません。
週刊文春の報道に対して登坂淳一アナは?
セクハラ疑惑について、2011年6月の番組打ち上げの際だった(合ってますね)と説明。
つまずいて頭を打ち、
うずくまっている時に女性アナから「大丈夫ですか?」と声をかけられ
この際に、女性が『セクハラを受けた』と感じるような行為をしたこと告白しています。(報道とは少しズレ)
謝罪内容について
当時の心理状態については視聴率競争のプレッシャーから精神的に不安定で、
「心身ともに相当弱っていました」としている。
被害女性に対しては、
・どれだけ謝罪しても謝罪しきれない
・皆さんのお許しをいただけるのなら、もう1度、自分にできることを探しながらやっていきたいと思っています
と今後もフリーアナウンサーを続けていきたいということです。
離婚は?
登坂淳一アナは2001年に同期のNHK局員と結婚しています。
しかし結婚後も女性問題が絶えず続いていたようで、
さすがに痺れを切らした奥様が2017年春頃に家を出て行ったということ。
すでに離婚されていたのですね。
白髪になった理由は?
2007年7月ごろでしょうか、突然髪の毛が真っ白になってしまい、これにかなり驚いた人が多かったようです。
これ、突然に白髪になったわけではなく、白髪染めの使用をやめたため。
白髪染めを使いすぎたせいで髪がひどく傷んだことを美容師さんに指摘され、白髪染めの使用をやめるようにすすめられたそうです。
2006年の12月に白髪染めの使用をやめました。
そこから徐々に白髪染めの色が抜けていったのですね。
登坂淳一アナによると、白髪が増えたのは1998年7月に起きた和歌山毒物カレー事件の取材のために非常に忙しかったころ。このときに自分でも驚くほど白髪になってしまったそうです。
1998年というと登坂淳一アナは、27歳。
ずいぶん若くして白髪が出てきたのですね。
調べてみると、ストレスで白髪が出てくることはあるのだそう。
ストレスで血行が悪くなり、黒い髪を作り出すための栄養が行き渡らなくなってしまうことが原因なのです。
NHKを退社してフリーになって、出だしからつまずいてしまった登坂淳一。
これから活躍の場があるといいですね。