新元号が決定し『令和(れいわ)』となりましたね。

大化から令和まで合計で248もの元号が使われましたが、

感じはわずか73文字しか使われていないそうです。

しかも『和』に関しては20回も使用されています。

『令』は初です。

巷では現在、菅官房長官が掲げた墨書に『令和』書いた人物は誰なんだ!?

と話題になっております。

茂住修身(もずみおさみ)さんという方であることが判明しました。

実は茂住修身さんはドバイ在住の方?facebookにはそう書かれていました。

一体どんな人物なのか??

調査して見ました。

 

 

 

 

 

茂住修身(茂住菁邨) プロフィール

名前:茂住修身(もずみおさみ)

別名:茂住菁邨

生年月日:1956年??月??日

年齢:63歳(2019年)

出身地:岐阜県飛騨市古川町

所属:謙慎書道会

 

ご職業は、内閣府の人事課辞令専門職。

政府の辞令を書く専門職で、

国民栄誉賞の題字や表彰状揮毫などを担当されていて国民栄誉賞の表彰状も手がけてきたという。

昭和から平成に変わる際も、

総理府(現内閣府)の人事課辞令専門職だった方が『平成』を書かれています。

ちなみに、その方のお名前が河東純一さん。

実はこの方のご出身大学は大東文化大学で茂住修身さんの先輩となります。

 

 

 

茂住修身さんの経歴

茂住修身さんの出身高校は、

岐阜県立斐太高等学校だということが判明しました。

偏差値が60の進学校です。

出身は大学は大東文化大学

学部はは経済学部だったようです。

大東文化大学は日本初の書道学科を設立した大学で有名ですね。

学部こそ書道とは関係ありませんでしたが、茂住さんは書道部に所属し書道を学んだそう。

 

3月29日にリハーサルを行ったものの

正式に新元号『令和』が決定したのは2019年4月1日11時15分ごろ。

わずか25分ほどで『令和』の書を書き上げたのです。

 

 

 

 

茂住菁邨の作品集

 

 

 

師匠の青山杉雨とは?

茂住修身さんは青山杉雨に師事されていました。

青山杉雨の経歴を引用します。

1912-1993 昭和-平成時代の書家。
明治45年6月6日生まれ。大池晴嵐(せいらん),西川寧(やすし)に師事。昭和41年「詩経の一節」で芸術院賞。篆書(てんしょ),隷書をもとに独自の表現様式を確立した。大東文化大教授。平成4年文化勲章。平成5年2月13日死去。80歳。愛知県出身。芝中学卒。本名は文雄。著作に「江南遊」「文字性霊」など

引用元:https://kotobank.jp/word/青山杉雨-14426

 

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