石井宏幸|ブラインドサッカー元日本代表なくなる。ブラサカ普及に貢献。

2019年10月2日に発生した新宿駅での人身事故。

1人も白杖を持った盲目の男性がなくなられました。

その男性が石井宏幸さんという方だったことが判明しました。

石井宏幸さんは実は元日本代表のブラインドサッカー選手なのです。

 

 

 

 

石井宏幸さんについて

石井宏幸 PROFILE

名前:石井宏幸(いしいひろゆき)
享年:47歳
出身:神奈川県
職業:会社役員

石井宏幸さんの経歴は?

石井宏幸さんが盲目になったのは生まれつきではありませんでした。

19歳の時に白内障を患い右目の視力を失います。

その後28歳で左目が緑内障となり左目の視力を奪われ盲目となっています。

先天性の場合、耳の感覚が鋭いと言われていますが

後天性の場合はそうではないようで耳の感覚を研ぎ澄ますトレーニングでカバーしたようです。

 

石井宏幸さんがブラインドサッカーを始めた理由

もともとサッカーが大好きな少年だったという石井宏幸さん。

小学1年生でサッカーを始めました。

しかし中学生時代は喘息を患い、やりたかったサッカーを我慢せざるを得なかったようです。

1997年のワールドカップ予選ではマレーシアへ単身で渡り生観戦するほどのサッカー好きです。

サッカーのことを勉強しようとサッカー発祥の地であるイギリスで勉強しようと留学先を探していたところ

緑内障により左目の視力を失ったのでした。

その1年半後にブラインドサッカーの講習会に参加したことをきっかけにブラインドダッカーを始め、

この年に日本代表として国際大会に出場するなど活躍されていました。

そして2002年に発足された日本視覚障害者サッカー協会で理事に就任し、

2004年からは日本視覚障害者サッカー協会の副理事長に任命されました。
ちなみに2012年7月に退任し現在に至ります。

石井宏幸さんがブラインドサッカーの魅力を語る

普段は白杖を持って危険は場所がないか注意を払って行動するが、

ピッチに立てば自由に駆け回り、相手に体当たりしてけがをしてもそれでも楽しいサッカーができると魅力について語っていました。

ブラインドサッカー普及のために盲学校にサッカーゴールを寄付するなどし貢献していました。

 

石井宏幸さんの現在は?

石井宏幸さんは現在まで会社役員という職業でした。

仕事の内容はイベント企画や運営、障がい者支援などを行う会社で代表取締役をされていました。

また視覚障がい者のホーム転落事故防止活動なども行っており同じ障害者のために尽力されていました。

しかしなぜ石井宏幸さんがなくなってしまったのか。

原因については調査中とのことですが、自ら線路に降りていくところを目撃されているとのことです。

石井宏幸さんご冥福をお祈りいたします。

 

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