世界的に有名ファッションブランド『KENZO(ケンゾー)』の創設者で

髙田賢三さんが、韓国の企業からデザイン関連のトラブルで告訴されていたそうです。

日本の企業が韓国から訴えられる事例が増えているように思えるが、

このままだと日本の企業が韓国で活動するのは難しいのではないでしょうか・・・。

今回は高田賢三さんとはどんな方なのかをリサーチしてみました。

 

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【髙田賢三】 プロフィール

本名:髙田賢三(『』と間違えないように)

生年月日:1939年2月27日

年齢:79歳

出身:兵庫県姫路市

 

イブ・サンローラン、カール・ラガーフェルドなどと親交のある方。

ファッションに疎い(うとい)方でも『KENZO(ケンゾー)』というブランドは耳にしたことがあるはずです。

 

それほど世界的に有名なブランドですが、実はこのブランド手放しています。

 

賢三さんは姫路市立野里小学校→姫路市立広嶺中学校→兵庫県立姫路西高等学校を経て

文化服装学院デザイン科師範科に進学されています。

男子の洋裁学校生を初募集した時の最初の男子学生でした。

同級生には、豪華な顔ぶれが・・・

 

ニコル→松田光弘氏

ピンクハウス→金子功

JUNKO KOSHINO→コシノ・ジュンコ氏

 

学生時代には、新人デザイナーの登竜門とも言われている装苑賞を受賞。

1965年に裸一貫で、フランスのパリに渡るのです。

1970年にKENZO(ケンゾー)の前身である『ジャングル・ジャップ』ブティックをパリにオープン。

 

雑誌『ELLE』の表紙を飾ったことにより瞬く間にフランス中に知れ渡り注目のブランドとなりました。

 

しかし、共同経営者だったフランソワ・ボーフュメ氏との確執、さらには最愛のパートナーとの別れなど不幸が重なり、

結果として自分のブランドを失う結果に陥るのです。

 

 1998年10月のパリコレクレションを最後にKENZO(ケンゾー)ブランドを退きます

 

パートナーのグザビエ・ド・カステラとは?

長年連れ添った人生の伴侶のグザビエ・ドゥ・カステラ氏は男性です。

グザビエ氏は産まれながらにして裕福な家庭に育ち、

『ルイ14世から伯爵の称号をもらった』

という貴族であり筋金入りの大富豪なのです。

さらには長身でハンサム。

 

 

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二人の出会いは、ピカソの娘さん(パロマピカソ)の誕生日パーティーがきっかけで知り合うのです。

良き理解者でありKENZOブランドを大きくした立役者であり、資金面でサポートしたとも言われている。

 

また、グザビエ氏は建築学を学んでおり日本の古城の歴史や構造にも詳しいため賢三さんとは話があったようです。

しかし・・・

 

1990年にグザビエ氏は亡くなりました。

死因はAIDS(エイズ)だったようです。

 

最愛のパートナーの死がきっかけとなり憔悴し、仕事もうまく手がつけられなくなった賢三さん。

ブランドを失い、パートナーとは死別し、パートナーと過ごした総額25億円とも言われる豪邸を売却。

不運が積み重なった賢三さんは最終的に自己破産までしているのです。

これまでの賢三さんの半生がこちらの著書に書かれています。

さらに気になる方は是非一度手に取って見てはいかがでしょうか?

夢の回想録 高田賢三自伝